Only Roaster(オンリーロースター)

言葉を届けてきたアナウンサーが、焙煎で伝えるもの──竹内由恵

2025.10.07
竹内由恵

テレビ朝日のアナウンサーとして、ニュースからスポーツ、バラエティまで幅広く活躍してきた竹内由恵さん。現在はフリーとなり、家族と共に浜松に移住。

そこで新たに情熱を注いでいるのがコーヒーだ。手廻し焙煎機から始まり、ディスカバリーを経て、2025年に自身のブランドrenag coffeeを立ち上げた。趣味の延長ではなく、販売や事業としてコーヒーに取り組みはじめたのである。「相手にどう伝えるか」を軸に磨いてきたアナウンサーとしての経験は、焙煎やコーヒー販売にも通じている。家庭との時間を大切にしながら、新しい挑戦に向かう姿はとても軽やかだ。

今回の対談は、1ST CRACK COFFEE CHALLENGE企画によるもの。芸能人が片手間に取り組むのではなく、焙煎士として本格的に歩もうとする竹内さん。その原点や思いを語ってもらった。モデレーターを務めたのは、Standart Japan 編集長の室本寿和さん。

手廻しから大型焙煎機へ

室本寿和

コーヒー好きだからといって、いきなり手廻し焙煎機を買おうとは思わないですよね!僕もコーヒーは好きですが、買おうと思ったことはなくて。いきなりそこに行きます?

竹内由恵

値段が安かったんです。手廻し焙煎機なら手に入るなと思って。大きな賭けはでれない性格なんです(笑)。

でも、手廻し焙煎機はやけどを繰り返して怖くて、子供も生まれるタイミングだったので、ディスカバリーにしました。

焙煎歴は5年くらい経つのですが、本格的に販売を始めたのは今年からで、月1でディスカバリーでオンライン販売を始めました。

ディスカバリー: 株式会社富士珈機が製造・販売する小型のコーヒー焙煎機。主にホームローストや専門店でのサンプルロースト用として用いられ、1回に最大約250gのコーヒー生豆を焙煎できる。
竹内由恵
竹内由恵(たけうち よしえ)。元テレビ朝日アナウンサーで現フリーアナウンサー。慶應義塾大学法学部卒。2008年にテレビ朝日入社後、「ミュージックステーション」などで活躍。2019年に退社し、結婚を機に浜松市へ移住。フリーアナウンサーとして活動を始めるとともに、好きだったコーヒーをより深く楽しみたいと思い、焙煎も手がけるようになる。
室本寿和

店舗ではなく、オンラインで?

竹内由恵

はい。オンラインで事業展開しようと思っているんですけれども、1回で100g完成するみたいな感じで、それを販売するとなると時間がかかりすぎて。

もうちょっといろんな人に届けられるような形にしたいなと思って、PROBATの5kgを導入しました。

室本寿和
室本寿和(むろもと としかず)。Standart Japan 編集長。高校を卒業後、オーストラリア留学を経て、翻訳・通訳の国家資格を取得。帰国後は、地元福岡の翻訳・印刷会社に就職するが、2012年に転勤のためオランダ・アムステルダムに移り住む。2017年、スペシャルティコーヒーの文化を伝えるインディペンデントマガジン(季刊誌)『Standart』の日本語版ディレクターに就任。2021年からは、福岡でコーヒーショップBASKING COFFEE kasugabaruの運営をスタート。
室本寿和

小さなお店とかだと、夜中まで焙煎しているケースはありますからね。

釜を大きくするっていうのは結構なチャレンジ、投資だと思うんですよ。そこで得られる時間を他のことに使って成長させていくという。

竹内由恵

そうですね、ディスカバリーだと1日中かかったりしますからね。

室本寿和

竹内さんの場合は販売開始すると、すぐに注文が殺到しそうですよね!

竹内由恵

そんなことはないですけど(笑)。仕入れ量が少なかったので早く売り切れることはありましたが、今後規模を大きくしたときどうなるかは不安です。

パッキングや発送作業も思った以上に大変ですよね。宛先や内容量を間違えないように全部確認するのが結構怖いなと思ってます。でも楽しいですけど!

竹内由恵×室本寿和

届けるために、どう伝えるか

室本寿和

テレビではニュースやバラエティを担当されていましたが、ニュースは事実を客観的に、限られた時間で伝えることが求められますよね。

コーヒーの場合は背景や物語を語る要素もあります。アナウンサーさんの視点から、どんなことを大切にして伝えていますか?例えば、ご自身の焙煎したコーヒーを販売する時など。

竹内由恵

これまでの仕事と共通しているのは、「伝わる」届け方の大切さです。自己満足にならないように、その現場で求められていること、相手に求められていること、その空気感を大事にしながら伝えていきたいです。

例えば、バラエティでは話題を振られたら、自分に許されている時間がなければ、一言で返さなければなりません。だから誤解を招くこともありますが、そこは割り切って短く伝えるようにします。本当に自分が伝えたいことは、それが歓迎されているラジオや雑誌など別の媒体でじっくり話せばいいのです。

コーヒーも似ている部分がある気がします。大衆に向けるのか、コーヒー好きの人に向けるのかで伝え方、商品のあり方ががまったく変わってきます。

室本寿和

ふらっとコーヒー飲みにくる人と、「これ何のコーヒーなんですか?」と聞く人とでは違いますからね。

竹内由恵

すごく違うなと思います。

私自身は、「できるだけ多くの人にわかりやすく楽しんでもらえるコーヒー」を届けていきたいな、というのが今の気持ちです。

焙煎を通して見つけた、自分との向き合い方

室本寿和

アナウンサーやタレントとしての仕事、コーヒーに関わる仕事を通して大切にしてる価値観はありますか?

竹内由恵

年齢によって向き合い方が変わってきて。20代の時は割と仕事に全ベットできて、全ての時間を仕事に使えたんですね。だから、仕事の取り組み方も、もう私はこれだけ頑張ってますみたいなことを周りにアピールして、それで使ってもらうっていう姿勢ができたんですけど。

今は子どもや夫と一緒に暮らす中で、家族との時間も同じくらい大切にしたい。仕事とコーヒー事業の両方に挑戦していますが、「バランスよく全てを全力でやる」みたいな価値観です。

結婚して5年、夫婦関係も自然に任せるのではなく、仲良くいられるように努力するのも目標のひとつ。だから全力というよりは、3割ぐらい余裕を持ちながら全力で頑張る、そんなイメージです。

竹内由恵
室本寿和

コーヒーの事業を始めて、今回焙煎機も大きくされたと思うんですが。焙煎は趣味から始まって、そこからどんどん広がっていったじゃないですか。その経験が、アナウンサーの仕事にいい形で反映されることってありますか?

竹内由恵

あると思います。今はフリーで、アナウンサーというよりはタレント寄りの仕事が多いので。局アナ時代だったら会社員だから必ず仕事はあったんですけど、フリーだと依頼を待つみたいな形になるんです。それってストレスなんですよね。自分から動けないので。

もっと自分から仕事を作りたいなって思っていて、コーヒーは自分が動けば形にしていける、そういう世界が今までなかったので、すごくそれがよくて。

向き合い方に余裕ができました。タレントとしての仕事が多いので。バラエティは肩の力を抜いて、逆に司会とかビジネス系はちゃんと準備して。いい意味でメリハリがついて、余裕を持って向き合えるようになりました。1つの仕事にするより、複数あった方が自分はよかったなと思います。

室本寿和

全国放送の緊張感と、焙煎機の前で自分と向き合う時間って、全然違うプレッシャーだと思うんです。焙煎機の前に立つと、けっこう自分と向き合う時間になりますよね。

竹内由恵

全国放送にも緊張感はありますけど、長いことやってきたのでだんだん慣れてくるんです。ワールドカップのような大きな大会では緊張もありますが、放送が始まれば落ち着ける。

この前、焙煎機の搬入があって、ガス会社さんや電気会社さん、設置業者さんなどが一堂に介して設置したんです。みんな私の依頼で動いてくださっていて、ちゃんと満足して帰ってもらえるようにしなきゃ、失敗できないって責任を感じて、すごく緊張しちゃって、みんなが満足して帰ってもらえるようにしなきゃみたいな。

今までは整えてくれたフィールドにポンって入って、そこで任された役割を全うするだけだったので、自分で一から整えるみたいなことはしたことなかったので、すごく緊張して疲れましたね。

室本寿和
室本寿和

自分で事業をやるって、ほんと決断の連続ですよね。

オンライン販売にしても、パッケージやラベルはこれでいいのか、発送して受け取った人がどう感じるのか、細かいところまで全部考えないといけない。

竹内由恵

こんなに決断ポイントがあるんだ!って驚きました。

デザイナーさんに発注して一緒にデザインを決めたり、それ自体はすごく楽しいんですけど、一つひとつが決断の連続で。でも新鮮で楽しかったです。自由ってそういう意味でいいなって!

室本寿和

自由でもあり、プレッシャーもあるっていう感じ。

竹内由恵

責任はありますね。

移住して見つけた、焙煎に集中できる時間

室本寿和

浜松に移住してから、東京では気づかなかったと感じる発見は?

竹内由恵

浜松に移住してから、焙煎にじっくり向き合えるようになったと強く感じています。

東京にいた頃は、周りに知り合いや人が多く、どうしても「自分もこういう格好をしなきゃ」とか「もっとおしゃれにしなきゃ」いろんなところに、マインドが行っちゃって、自分が何したいかみたいなことをじっくり考える時間がなかったんですけど。

浜松は車社会なので、東京ほど知らない人を見ないみたいな自分と、それがあって、向き合えたっていうのがめちゃくちゃ大きくて。その環境が、自分自身と向き合う大きなきっかけになったんです。私は今回〈創作珈琲工房 くれあーる〉の内田さんに焙煎を指導していただいて、本格的に焙煎に取り組む方も近くにいたりして、私の中では、しっかり焙煎に向き合う時間と精神ができたみたいなところはあって、めちゃくちゃ良かったですね。

竹内由恵×室本寿和
室本寿和

暮らし方も全然ライフスタイルも東京と違うだろうし、仕事から少し離れた時間も、終わりだったっていう風に拝見したので、SNSなど拝見すると、ご自身の生活とかも結構発信されてたりするし、絵とかも描いてますね。

竹内由恵

子供が生まれたばかりの頃、意外と時間があったので、その合間に漫画を描いていました。子供のちょっとした発言や面白い出来事を題材にして、記録するような感覚でした。最近ちょっとやめちゃったんですけど、その頃は描くことがすごく楽しくて、大切な思い出を残す時間になっていました。

室本寿和

それでしっかりと焙煎と向き合えて、焙煎機も大きくなって、皆さんに届けられるようになるのはとても楽しみです!

竹内由恵

芸能人がコーヒーミーハー心でやってみたいに思われて、萎んでいかないように頑張ります!

室本寿和

その文脈で言うと、そういう風に思われたくないですか?芸能人がやってるみたいな風に。

竹内由恵

そうですね。私としては肩書きを変えたいなってくらい本格的に頑張りたいと思ってるんですけど、それは結果次第でもあるので、まずはこれからしっかり頑張っていきたいと思っています。

豆は全国へ、夢は産地へ

室本寿和

店名の〈renag coffee〉はどういう意味があるんですか?

竹内由恵

〈renag coffee〉には、自分の大切な人の名前をくっつけてるんですけれども。あまり意味のない言葉にしたいなと思って、言葉自体には特別な意味を持たせず、響きを大切にして名付けました。

室本寿和

こういうお店にしたいとか、一言で表すなら?

竹内由恵

なんだろう。自分の中では焙煎が第一です。スペシャルティコーヒーの産地の特性を最大限に引き出せる焙煎を目指してたいと思っていて、それがあってこそいろんな人に飲んでもらえるように。そういう意味で、焙煎専門店だと思っています。

竹内由恵
室本寿和

コーヒーショップとしては地域のお客さまが中心になりますが、豆であれば全国へ発送することができ、多くの方に楽しんでいただけます。

竹内由恵

そこから色々と広がっていけたらと思います。いつか産地に買い付けに行けたら!

室本寿和

産地には行ってみたいですか?

竹内由恵

ある人から「産地に行ったことがないのにコーヒー豆を販売するのはどうなのか」と言われたこともあります。ただ、産地は遠く、子供もいるので、なかなか足を運ぶのが難しいのが現状です。

室本寿和

そうですよね。もし行けるとしたら、どこの産地に行きたいですか?

竹内由恵

好きな豆はエチオピアやケニアで、最近はグアテマラのじんわりした甘みも気に入っています。もともとは丸山珈琲さんのコーヒーを飲んで、カフェラテばかりだった私が、ブラックでもこんなに美味しいのかと開眼して、そこから大好きになって楽しむようになりました。

華やかなエチオピアとかケニアが好きなんですけど、今はグアテマラとかブラジルとか色々そういうのもおいしいなって、それぞれの魅力があるなという風には思ってます。

室本寿和

買い付けた豆をいつか飲めるの楽しみにしてます!

竹内由恵

もう遠い遠い夢ですけど、叶えられたら嬉しいです。

卸業者さんのツアーなどもあるので、タイミングが合えば子供と一緒に行きたいですね!

竹内由恵×室本寿和
Photos & Interview & Text & Editor: 疋田 正志
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