トップは何を考えているのか?評価と普遍性のあいだで──岩﨑裕也×天満一行
ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ (JCRC)はロースターを変えるのか。それとも変わるのは、周囲の環境なのか。今回は、JCRCを経てキャリアを重ね、競技の最前線を経験してきた、元TAKAMURA COFFEE ROASTERSの岩﨑裕也さんと心斎橋焙煎所ヘッドロースターの天満一行さんに話を聞いた。
二人が語るのは、「やることは変わらない」という実感だ。競技会で結果を残したことで、焙煎の工程や向き合い方が劇的に変わったわけではない。ただし、景色は確実に変わる。出会いが増え、情報への距離が縮まり、挑戦できる機会が広がる。その環境の変化が、技術そのものよりも、判断の精度や再現性を高めていく。
勝ちは感覚か、設計か
岩﨑裕也
競技会に関して言うと、僕は勝つこと自体を目的にしているわけではないんです。というよりも、勝つためには何が必要かを考えている、という感覚に近いです。
評価項目の一致点を探している、味を作ろうとしてない、評価の構造を作ってる。
感覚の勝負に見えて、実はかなりロジカルなんですよね。感覚的においしいものを出す、というよりも、評価軸を正確に理解し、それを再現できること。評価のポイントに“バチン”と当てられるかどうか。
天満一行
僕も考え方は近いですね。「競技会に向いているコーヒーって何ですか」と聞かれることがあるんですが、特別なものを目指している感覚はないです。むしろ、「人によって評価が分かれるもの」ではなく、その場にいる誰が飲んでも「これは美味しい」と言ってもらえるだろう、と自分が確信できるコーヒー。
ルール&レギュレーションを読み込んでいくと、実はそういうコーヒーが評価される構造になっている気がしています。あとは競技会って、普段とは全く違う環境ですよね。だからこそ、その差分をいかに消して、自分が信じている「普遍的な美味しさ」をブレずに出せるか。結局そこが勝負なんだと思っています。

岩﨑裕也
意外と感覚派でもあるんですか。
天満一行
はい、どちらかというと感覚派な気はします。
岩﨑裕也
確かに、天満さんはオリジナリティを持っている印象はあります。
僕も感覚は大事にしていますが、焙煎に関しては、論理的に組み立てるタイプかも。どういう味をつくるのかを言語化して、それをどう再現するかを順番に設計していく。土台はあくまでロジックです。
特に競技会に関しては、その傾向がより強いですね。全体を論理で設計して、評価の構造にどう当てるかを考える。感覚も使いますけど、最終的には論理で設計している感覚です。

焙煎以外で影響を受けたもの
天満一行
焙煎以外で影響を受けたものって何かありますか?
岩﨑裕也
僕は昔から、アメリカに本気で憧れてきました。60〜70年代にかけての東海岸のアイビーに始まり、西海岸のスケートやサーフカルチャー。
その中でも、一番強く影響を受けたのはヒッピームーブメントですね。あの時代のカウンターカルチャーのエネルギーには、今でも強く惹かれています。
家具や古着など、コーヒー以外のカルチャーに触れながら、現場で物を見て作り手に会うことを大事にしてきました。コーヒーだけを見ていると発想はどうしても狭くなると思っていて。
ものづくりの根っこにあるのは、技術そのものというより、その時代に流れていた思想やカルチャーの熱量なんだと思っています。
天満一行
僕は岩﨑さんのように「このカルチャーに強く影響を受けた」という明確な原体験は、あまりないんです。わりと一般的な過ごし方をしてきたと思います。
でも昔ながらのものや、経年変化の美しさにはずっと惹かれてきた気がします。時間がつくる味わいみたいな古きよきものには魅力を感じます。
何かひとつのこれに影響されたというより、その時々で直感的に「なんかいいな」と思ったものが、長い年月をかけて今の自分を作っている気がします。

岩﨑裕也
僕が天満さんいいなと思ったきっかけは、服装なんですよ。1回聞いたことあって「なんか好きなんあるんちゃうんすか」って。着てる服がセンスあるというか。
どうしてもコーヒーだけに意識が向きがちで、ファッションやカルチャーといった部分にまで気を配れている人は、まだ多くない印象がある。それ自体が悪いわけではないんですが、せっかくカルチャーに近い仕事をしているのに、少しもったいないなと感じることはあります。
天満一行
ありがとうございます。でも、そういうところって意外と大事ですよね。
僕もコーヒー以外のことで言うと、メタ背景みたいなものを考えるのが好きで。お笑いでも映画でも音楽でも、「これってどの層に向けて、何を伝えたくて作られてるんだろう?」って、つい考えてしまうんですよね。それを無意識にコーヒーにも当てはめていて、味そのものだけじゃなくて、「誰に向けて、どう伝える一杯なのか」っていう視点で見ることが多いです。
結局そこが一番気になるんです。作り手は何を思って焙煎して、どう届けようとしているのか。それはコーヒーも同じだと思っています。
競技と商業焙煎は何が違うのか
岩﨑裕也
競技と商業焙煎って、やっぱり全然違うと思うんですけど、そのバランスってどう考えていますか?
競技用の焙煎と、リテールの日常的に出すコーヒー。その間で、意識的に切り替えていることや、共通して大事にしていることはありますか?
天満一行
もの自体はまったく別ですけど、ターゲットが違うだけで、考え方の軸は同じやと思っています。
競技は、その場でジャッジする人に向けて設計するもの。商業焙煎は、より幅広い層に向けて設計する分、わかりやすさを意識します。
例えば深煎りなら、店で出す場合は酸味を抑えながら焙煎をして、「深煎りらしさ」がより伝わるようにすることもあります。 浅煎りも、競技会ではアシディティが明確に出ているほうが評価されやすい。でも商業では、もう少し酸を丸めたほうが多くの人にとって心地いい場合もあるので、少し火を入れることもあります。
だからといって妥協している感覚はないです。どちらも、飲む人に評価されてこそ美味しいコーヒーだと思っているので。
岩﨑裕也
届けたい相手に向けてつくるという点では同じです。違うのはゴールだけで、煎り方自体が競技と別物になるわけではない。ターゲットに合わせて整えている感覚で、店のコーヒーもその延長線上にあります。
よく競技と商業を対比というか、対立構造で聞かれることがあるんですけど、あまりそこに意味はないと思っていて。
やっていること自体は同じなんですよね。違うのは、天満さんが言ったみたいに、目的の関数が違うだけ。競技は評価項目に向かって、そこにパチンと通しにいく作業。だから技術自体は共通しています。
競技は、とにかく精度を研ぎ澄ましていくイメージで、商業用は、いかに安定させるか、別物としては考えていないですね。
天満一行
そうですね。僕の中でも、やっている作業自体は変わらない感覚なんです。どこにピークを合わせるかが違うだけで。
岩﨑裕也
例えば競技では、酸の質と明瞭さ、甘さの強度と持続、後味の長さとクリーンさ、といった評価軸に向かって設計します。焙煎時間を数秒単位で詰めたり、デベロップメントをわずかに調整したりしながら、それぞれの要素が最も高い精度で揃う一点にピークを合わせていく。いわばスポットライトを一点に当て、その瞬間の輝きを最大化する作業です。
一方で商業は、同じ要素を扱いながらも、今日もおいしい、誰が淹れても安定している、という再現性を設計します。特定の一点を最大化するというより、環境やロットが変わっても常に“おいしいゾーン”に収まるように幅を持たせる。精度を極限まで研ぎ澄ますのが競技だとすれば、商業はその精度を日常の中で安定させるイメージです。

情報の時代に、リアルを積み重ねる
天満一行
今の話でいうと、次世代のロースターを見ていると、環境は僕らの頃とはだいぶ違うなとも感じます。
僕が焙煎を始めた頃と比べると、今は情報もすぐ手に入るし、AIのような強力なサポートもある。情報不足で迷う、というのがほとんどない時代だと思います。
だからこそ、もし焙煎が思うようにいかないときに、昔みたいに「情報がなかったから」とは言い訳し辛い部分もあるなと。それはある意味シビアな環境だなとも思います。
一方で、情報は十分にある分、今不足気味なのは経験値や人とのリアルなやり取りが相対的に少なくなっているのかな、と感じることもあって。
悩んでる人は、人に聞いたり共有したりすることで、気づけることも多いと思います。周りの人でも、僕でもいいですし、もっと話してみるのも大事なんじゃないかなって思います。
岩﨑裕也
そうですね、結局は検証不足。焼いた回数が少なすぎる。1000回も焼いていないのにオリジナルを語るのは違う気がします。
今は情報が可視化されて、ネットにはいろんな意見があふれている時代。でも、だからこそ本質をどう掴むかが大事だと思っています。
天満一行
情報があることと、できることはまた別物ですよね。
岩﨑裕也
情報ばかり先に入って、やった気になる。でも百聞は一見に如かずで、まず一回やってみることのほうが大事だったりする。
だからどんどんチャレンジしてほしいし、溢れている情報も一度疑ってみてほしい。先輩やネットのやり方をそのままなぞるだけじゃイノベーションは起きない。若い世代の感性で、僕らが気づいていない視点を持ち込んでほしい。
天満一行
そうですね。焙煎のことは実際に経験してみないとわからないことだらけな気がしますね。
岩﨑裕也
今はとにかく情報が早すぎる。消化する前に次の流行が来て、少し前の常識がすぐ通用しなくなる。そのスピード感はありますよね。
だからこそ、AIに頼りすぎるのはちょっと怖い。再現性も上がるしデータも取れるし、使うべき場面もある。でも、そればかりだと自分の経験を自分の言葉で語れなくなる気がするんです。
プロファイルも数値もAIで追えるけど、最後のチェックは自分の味覚じゃないですか。そこがなければロースターじゃない。AIは使えばいい。でも最後のジャッジは自分でやる。液体に向き合って舌で判断する。その積み重ねで、自分なりのオリジナルができていく。
結局、最終判断は味覚。そこを手放したらロースターじゃない。
天満一行
そうですね。心強い味方にはなり得るとは思います。ただ、現時点では限界もあると感じています。情報を拾って整理してくれるのは本当に便利だと思うんですけど、さっき岩崎さんが言ったように、最終的には味覚体験なんですよね。
自分が目指している味の軸と「美味しい」の感覚って、AIと完全に共有するのはまだ難しいから、そことペアを組んで一緒に味づくりをする、というのはなかなか難しいんじゃないかなと。
今の段階では、どちらかというと情報管理やデータ整理、プロファイルの蓄積といった業務効率化のパートナーとしての相性が良い。本当に強い部分はそこだと思います。

岩﨑裕也
AIは支えてくれる存在ではあるけど、「どんな味を目指すか」とか「どの豆を選ぶか」っていうところは、人間の判断になる。
生豆選定は、戦略である
天満一行
生豆の選定基準はなんですか?
岩﨑裕也
〈TAKAMURA COFFEE ROASTERS〉の頃は、一番の基準はスタッフとお客さんのテンションが上がるかどうかでした。
プロがうなるような繊細なコーヒーよりも、スタッフやお客さんが「わー!えー!」ってなる姿が浮かぶかどうか。もちろん自分のテンションが上がるかも大事なんですけど、そこが一番大きかったかなぁ。
品質面でいうと、点数そのものよりも伸びしろを見ていました。90点の完成品を「これを損なわないように焼かなきゃ」と扱うよりも、87点や88点くらいで、「これ、自分で伸ばせるな」「コントロールできるな」と思える原料を選ぶことが多かった。そのほうが、自分のスキルも上がるし、焙煎していて面白い。
まずはスタッフやお客さんが喜んでくれること。それが最優先の選定基準でした。
天満一行
たしかに、テンションが上がるの大事ですね!
僕の生豆選定は、心斎橋、神戸、卸、ネットの4つの使い方で考えてます。それぞれ選び方は違いますね。
ネットと卸は、似てますが安定性を重視します。品質と価格帯も含めて。できるだけ効率よく焙煎できて、ある程度釜に量を入れても火が入りやすいものを選ぶのもポイントですね。
神戸店は、もう少しわかりやすさ重視というか。味の輪郭がはっきりしていて、「こういう味だよね」って伝わりやすい、パキッとしたものを選ぶことが多いです。
心斎橋焙煎所は、ある程度ブランドイメージもついてきたので、プロが飲んでも面白いものから、老若男女にすっと伝わるものまで。浅煎りから深煎りまでポジションが被らないよう意識しています。
焙煎って、「コスパいいのにちゃんと美味しい」みたいなのを引き出すっていうロマンもあるじゃないですか。あれも一種の焙煎の腕の見せ所だと思っていて。そういう豆をあえてラインナップに入れることもありますね。
岩﨑裕也
なるほどね。
他のコーヒー屋で飲むとき正直どう思って飲んでいますか?
めっちゃ困るのが、誰かと行った時に、なんか覗き込まれません。「これどう思ってるんですか」とか。
天満一行
それすごくわかります。でも意外と何も考えずに飲んでることの方が多いんですけどね。
基本は、どんなコーヒーでも「あぁ、飲んでよかったな」って飲みたいじゃないですか。なので、もし自分の好みと違ったコーヒーだったとしても、「自分ならこれをどう焙煎するだろう」とか、「どうやって抽出するのが良いかな」みたいな感じで、自分の焙煎じゃない豆を飲むことも、全部プラスに変えていきたいなと思っています。

岩﨑裕也
それは似てるかもしれん。大前提として絶対ジャッジしないようにフラットに見てて。
いいとか悪いとかってのは飲んだ時あるとは思いますけど、それは好みによるものもあるし。なんでこうなったんかな、これってどうやって焼いたんかな、みたいなことを考えたりするんですけど、それは人には言わない。
天満一行
「この人どう思ってんだろう」って思われてることはあるかもしれませんけど。
変わったのは、自分ではなく環境だった
岩﨑裕也
それをいうと、JCRCを経て変わりましたか?やっぱ大きく変わったのって2022、2023ですよね。それ以前とそれ以降で変わったか。それってなんか周りの環境でもいいし、自分のその味わいとかでも。
ちょっと前置きすると、正直変わってないじゃないですか。結果出た後と前でやってること全然ちゃうかっていうと一緒なんですよね。
天満一行
岩崎さんの言うとおり、自分自身は何も変わらないです。周りのリアクションが変わってくれたイメージです。
僕で言うと、全くノーキャリアからこっちに来て、それまで何も積み上げてなかった。入賞し始めてからは人から話しかけてもらうこととか、出会いが多くなったので、そこが1番嬉しい変化です。
JCRCに出場していなかったら、ずっとひとりで焙煎し続けて、岩崎さんとも交わることはなかったんじゃないですかね。
岩﨑裕也
僕もそうやと思う。競技会に出てなかったら、多分交わらなかったと思うな。
別の視点からいうと、より理解が深まって、知識もスキルもアップデートされてきた。情報も取れるし、人にも聞きやすい環境になった。その中で精度がどんどん上がってきた感覚はあります。
原料じゃないところの失点みたいなんを、極限に減らせるようになってくるというか。慢心ではなく、自分も勉強の過程なんですけど、その精度が上がってくる手応えはありますね。
天満一行
話が戻りますけど、今の時代は質の良い豆に触れる機会が本当に多い時代だと思います。ハイコマーシャルとかコモディティラインに触れる機会が少なくなってきたかもしれません。
でも、あのレンジにはあのレンジの面白さがあるんですよね。
岩﨑裕也
ちょっと原料の話にも少し似ているかもしれん。90点を超えるような豆は、良さを損なわずに焼くことが求められる。そこまでの点数じゃない豆は、ロースターのスキルで伸びしろを引き出せる余地がある。どこまで活かせるか。その差が、焙煎の面白さでもあると思う。
天満一行
やっぱり、普段の焙煎も競技会も、やっていることは同じで、どんな生豆が来たとしても、僕たち焙煎士がやることは変わらない。
その豆をちゃんと理解して、できる限り美味しくする。結局、それに尽きるんじゃないかなと思います。

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