中国産コーヒーを通じて差別や偏見をなくす──MOUNTAIN MOVER
オレンジと白黒のデザインが印象的な、中国は雲南省のスペシャルティコーヒーをダイレクトトレードで販売する専門会社MOUNTAIN MOVER マウンテンムーバー。
日本での認知度の向上をはかる一方で、毎年原産地に向かい買い付けだけでなく収穫してプロセスなども行い、安定したクオリティのコーヒーチェリーを作り続ける。
Qグレーダーの資格を持ち、パナマコーヒーの焙煎トーナメント大会「Panama Coffee Roasting Competition 2023」ではファナリストとして選出された、MOUNTAIN MOVERの阿部由佳さんに話を伺った。
中国産という文化的なことからくるコーヒーの偏見をとり払う
MOUNTAIN MOVERを立ち上げた経緯を教えてください。
中国産のコーヒー豆には発酵感が強いだとか、いわゆるバイアスが出来上がっている傾向にあります。MOUNTAIN MOVERの会社理念は、中国産という文化的なことからくるコーヒーの偏見をとり払うことです。
中国産のコーヒー豆にはクリーンな味わいのコーヒーが多くありますので、特別なものというより、ひとつのレギュラーの選択肢として考えていただきたいと考えております。
浅煎りだけでなく深煎りでも、プーアルのウォッシュドなど非常にクリーンですし、ほんのり柑橘や爽やかな感じも楽しんでいただけるので、老若男女から支持されるコーヒーです。期間限定などではなく、コロンビアやエチオピア、グアテマラのように、雲南も定番の一つとしてラインナップに加えていただけることを目指しつつ、当社にしかないピーチソーダやデーホンハニー、ワインイーストを使った発酵の豆で、”コーヒーでこんなフルーツのような風味があるんだ”と思えるような、概念を覆すようなコーヒー豆も同時に提供していきたいと考えています。
デイリーなものから様々なプロセスの豆までユニークですね。MOUNTAIN MOVERにしかないというシングルオリジンも興味あります。
オリジナルで派手な華やかなものもありますし、万人向けで普遍的なものもある、というのを伝えていきたいです。
全ては差別だとか偏見を、コーヒーを通じて少しでもなくしていくことを目指しています。
デーホンもそうでしたが、今までの中国産のコーヒー豆とは印象の違う、クリーンな味わいのものが多いですよね。
中国産の豆は、扱ってる商社さんがそこまでないので、偏った農園さんのものになりがちです。例えば今まで多くのインポーターは雲南のアナエロビックのナチュラルしか扱っていなかったので、雲南=嫌気性発酵みたいなイメージが強いです。
実際、雲南では他の原産国と同じように、地域や品種によって色んな精製処理を行っていますので、アナエロビックだけではなく、爽やかなウォシュッドやクリーンで華やかなハニープロセスなども生産されています。それを日本の皆さんに伝えたいので、毎年ラインナップのバランスを考慮して原産地で買い付けをしています。
From seed to cupを体現する
一般的なコーヒー生豆の卸商社とは少し違うイメージですが。
商社というと仲介のイメージがあると思います。
簡易的に言いますと、コーヒーの種からお客様のカップに至るまでを担っています。今後カフェが実現したら、本当にFrom seed to cupみたいに全てサプライチェーンが当社で完結することが可能です。
あとは、ポップアップやイベントにスポンサーとして出展させていただいたり、コーヒーを淹れるイベントに出店したり、業界の方向けに、コーヒーのプロセスなどのセミナーを行っています。
ウェブサイトの図がすごくわかりやすいですね。
すべて代表の趙が考えたものなんです。
エクスポーターであり、インポーターでもある、ということでしょうか。
実際に収穫もプロセスも自分達でやっています。
デーホンやピーチソーダは、自社農園の豆ですので、中国でも日本でも、当社でしか取り扱いがない豆なんです。
自分たちが、収穫してプロセスをしているので、ロースターさんから質問いただいたときに詳しく返答ができるのも当社の強みです。
自社農園もあるのですね。
自社農園は2つあリます。あとは契約農園ではありませんが、主に取引をしている農園さん、中には20代前半の女性が営んでる農園さんもあったり。
カップして品質がよくても、日本であまりニーズにならないようなものなら扱わないなど、そこは代表が考えて絞っています。
そのうちデーホンでは、設備投資としてラボを設けました。コーヒー専用の酵母は、発酵時間や糖分で味が変わるんですけど、酵母自体も当社で開発したものを使ってるので、毎年試行錯誤しています。
それらは代表の趙さんが農園の方と考えられるんですか?
そうです。農園の方と相談しつつ、代表が主に知識を伝授しています。
プロセスの知識は、グリーンバイヤーの趙が原産地でQ-Processingの講義を受けて、そこから独学で精製処理と発酵の勉強をして、数年かけて原産地で実践しながら、プロセスの再現性や焙煎のメカニズムと合わせてプロセスプロフィールを立てています。
独学で、しかも1人とはすごいですね。
今はまだそこまで注文はありませんが、受注生産も行っております。同じ酵母を用いたとしても、時間やプロセスで味わい変わるので、そのロットをロースター様に考えていただくことが可能です。
“こういったものが欲しい”というご提案がありましたら、こちらから何種類かご提案をして、そこから気に入ったものを、その年または翌年にロースター様にお送りすることもできます。
自社農園の他に、契約農園もあるのですね。
大きなチェーン店の方でも、生産地に出向いて直接農園さんに行って、売ってくれないかと交渉する方がいらっしゃいます。生産者は、急に知らない国の知らない人がやってきて売ってくれと言われても、そこで簡単に売る方はあまりいません。
なぜ当社に卸してくれるかというと、代表がそこで一緒に働いて、住食をともにして信頼関係があるからこそです。代表にとっては本当に家族みたいな存在だと思います。一緒に朝6時ぐらいに起きて、山に行ってチェリーを取ってきて、
農家の方も、趙さんのためにいいコーヒー豆を生産しようとなりますよね。
生産者さんがいい品質のコーヒー豆を作ってくださって、私達はそれを買いますので、いいリターンを返すことが出来ています。
来年その余剰が余れば、ゲイシャやパカマラなどの違った品種や、設備投資をすることができます。どれだけ循環できるか、というのもあります。
スペシャルティコーヒーの需要が高まる中国
中国ではスペシャルティコーヒーの広まりはあるんですか?
2000年以前から、コーヒー豆の生産はありました。ですけど、ロブスタ系などのコーヒーの買いたたきがあり、利潤として十分に返ってこないということで、多くの生産者が辞めていきました。
雲南省プーアルは、お茶やタバコにシフトしてしまい、スペシャルティと言えるようなコーヒーの生産がすごく少なくなってきました。
そんな時に、代表がQグレーダーの資格の更新をする際に、知り合いが雲南にいるので、ついでに雲南もちょっと寄ってみようとなって。その友人が農園の方とお知り合いだったみたいで、連れて行ってもらい直接会って。“こんなにいいコーヒーチェリーがあるのに、日本には全然届いてない”と。そこで会社を立ち上げました。
中国国内でも、スペシャルティコーヒーを飲む人が増えてるんですか?
日本のSCAJよりも、台湾、中国、韓国のカフェの祭典の方が集客は多いです。中国国内でも、スペシャルティコーヒーの需要が高まっているので、生豆の価格もいい農園のものは取り合いになります。
そういうこともあり、去年末にデーホンが当社の農園さんとしてパートナー契約をしたという経緯があります。
中国と他の生産国で、コーヒー豆に大きな違いはありますか?
標高はそこまで高くはなく、カティモールが中心ですが、ゲイシャもパカマラも生産しています。
土壌に根付いてから3年から5年はしないと、クエーカーが多く未熟で、木が幼いので、日本に仕入れられる品質に至っておらず、今は育ててる途中です。
他の生産国と同じように、多くの種類の品種の栽培も可能です。中国だからこういう味というよりかは、プロセスが味わいに与える影響の方が大きいです。
中国産のコーヒー豆のトレンドはありますか?
酵母を使ったイーストファーメンテーションか、ワイン酵母を使ったワインイーストです。
MOUNTAIN MOVERでは、コーヒー以外を混ぜたものは、提供しないという形にしています。
ファーメンテーションで発酵させたり、酵母菌を使っているものは、元々存在するものを、プロセス向けに改良したり、調節して使っています。コーヒー本来のものと、周りの微生物や環境で、どれだけコーヒーの味やクオリティを再現していくのかという。
デーホンハニーやワインイーストを使ったのも、中国だとこういう味がある、というのを表現するためというよりかは、生産者の方のためなんです。
毎年安定したクオリティのコーヒーチェリーを作り、私達が管理することで、品質を管理することができます。そうすることで、毎年同じ味のコーヒーを提供することができます。
雲南の文化を伝えるブランディング
オレンジと白黒のデザインもインパクトがあります。
オレンジ色に白黒をデザインしてくださったのが、アーティストのChakurinさんです。代表と話し合って、色味や角度にもこだわっています。
麻袋はインドの工場に特注して、100%オーガニックな材料で作られています。印刷も、野菜由来のインクを使い、化学成分を最大限に抑えています。焙煎豆用パッケージも、ペットボトルなどを100%リサイクルして再生産された素材を使用しています。
デザインにこだわりを持たれてるのが伝わってきます。
弊社のロゴについては、レッドオレンジはメインカラーで、シンボルマークの白黒の模様は、雲南の少数民族の伝統的な服装から取り出した要素をリクリエイトしたものです。
麻袋や焙煎豆のパッケージなどに載せているのも、より多くの方に雲南の文化が伝われば、との想いがあります。
生豆だけでなく焙煎豆もあります。
当社でしか出来ないこととなると、自分たちで作り仕入れてたカップを取ってるからこそ、その豆の個性だとか、どうしたらいいかよくわかるのかと思います。
一癖あるような豆だと、仕入れた後にロースターさんからアドバイスを求められることとかあります。例えば、プーアルだと、浅煎りで仕上げると、トリプルファーメンテーションですごく発酵した分だけ、豆の胚芽の栄養状態が普通のプロセスのものより低くなります。それでクエーカーなど青臭いものが気になってしまうということがあります。
MOUNTAIN MOVERでは、豆の良いところも悪いところも全てわかっているので、そういった意味では他の業者さんにはできないような信頼関係を作ることができるかと思います。
ちょっとした助言や農園の話、プロセスなど、裏話を直接できるからこそ、農園さんやロースターさんとの繋がりは強いんじゃないかなと思います。
今後はお店を出したいとお聞きしましたが。
普通のカフェとしてだけではなく、卸であったり、コンサルみたいなベースを設けたいと思っています。カフェもやりつつ、生豆の卸に限らず、焙煎豆の卸でも”こんなブレンドを作ってほしい”というのがあれば、そこでお話をしてその場でコーヒーの抽出もカッピングもでき、そこで完結、体験できます。
見積もりを、家に持ち帰ってからまたパソコンで向かい合うみたいなことが多いと思いますが、実際に嗅いで味わっていただいて、イメージしていただいて、本人は何のニーズを求めるのかというのを、その場で話し合いができれば、欲しいものをこちらもご提供できるかなと思います。
中国のコーヒーを気軽に試せるようなカフェであり、業界の方も直接相談に来れるような場所になりますね。
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